腹式呼吸について掘り下げてみる。なぜ歌うと疲れるのか?

今回の記事は少しマニアックな内容です
腹式呼吸について詳しく書きますが、普通に歌える人なら、そんなに腹式呼吸のやり方にこだわる必要はないです。マニアだけ読んでください

さて、この腹式呼吸のやり方。これは人によって様々です
「あなたの腹式呼吸は間違っている!」みたいな動画がたくさんあります(笑)
中には「腹式呼吸なんか必要ない!」という方もいます

結論から言うと、腹式呼吸は必要です
大げさに腹を膨らませたり、凹ます必要はありませんが、厳密に言うと人間は腹式呼吸しないとほとんど歌えません

まぁ「腹式呼吸」の定義が人によって曖昧です。特にボイトレ界と医療界では言葉の認識にズレがあります。医学的には横隔膜を使っていれば腹式呼吸に分類されます
横隔膜を動かさないで純粋な胸式で歌うのは、普段の呼吸と違う事をやる訳ですから不自然な方法です。普段の呼吸と同じように歌うのが自然なわけです
(ちなみに横隔膜を動かす横隔神経が損傷すると呼吸困難になる)

注意しなきゃいけないのが、ヨガや太極拳でスーハースーハーと腹式呼吸やっているときと、歌っているときでは状況が違うということです

普段の呼吸時は、声帯が完全に開いているので、何の抵抗もなく息を吐けます
歌っているときは声帯が半分閉じているので、それが抵抗になって息がなかなか吐けません

「ふぅ~~」と深いため息をついてください。何の抵抗もなく肺の空気が全部出ますよね
今度は「あ~~」と地声を出しながら肺の空気を出し切ってください(ファルセットじゃダメですよ、あくまで地声を出しながら)
発声しながら息を吐くと、全部出すのに時間がかかるし、ちょっと大変ですよね
(この動画の2:20~見ていただくと、よく分かると思います→ https://youtu.be/ClF_7bbHmUI?t=140

呼吸は声帯の抵抗がないので、吐く力は要らない
歌は声帯の抵抗があるので、吐く力が要る ということです

ここで解剖生理学の話をします

細かい説明をするとキリがないので簡潔に説明します
息を吸うときは横隔膜が収縮して下に下がり、肺が広がります(他の筋肉も働くのですが、ほとんどは横隔膜の力です)
息を吐くときは横隔膜が弛緩(脱力)し、横隔膜と伸びた肺が「ボヨン」と元の位置に戻ることで息が出ます。 伸びたゴムが「ボヨン」と元に戻るイメージです
つまり、通常の呼吸時は息を吐くのに力は必要ない。ということです
横隔膜に力が入るのは吸うときで、吐くときは脱力するのです
深~く息を吸い込んで、フウッと深いため息をつくと分かると思います
息を吐くときに力は要りません

ところが、歌ってるときは声帯が抵抗になるので、肺と横隔膜がボヨンと戻るだけでは息がなかなか出ないのです
なので、歌ってるときは息を吐くために腹横筋や内肋間筋が働くのです
この筋肉の助けがないと、しっかりした声は出せません。これが歌に腹式呼吸が必要な理由です

「腹式呼吸は必要ない」と言ってる方がいますが、先に書いたように横隔膜を使う呼吸は腹式呼吸です
横隔膜を使わない純粋な胸式呼吸だと、安静時の呼吸だけでも苦しいと思います
こういう方々はたぶん「過度に腹に力を入れる必要はない」「息が強すぎるのはダメ」と言いたいんだと思うんです(←この意見には私も賛成)
しかし、「腹式呼吸は必要ない」というタイトルのせいで誤解を与え、それを見た人間が浅い知識で「腹式呼吸は必要ないんだぜ~」と解釈します
「大げさに腹式呼吸をしろ」と言う人は間違いですが、「腹式呼吸は必要ない」と言う人も間違いです
腹式呼吸は強い息を吐くためではなく、一定の息をコントロールして出すために行います「腹式=強い息」ではありません

話は変わりますが、歌ってて息苦しくなる人は「息を吐かない」ことが原因の場合があります
声帯閉鎖が極端に強い人や、恥ずかしがってボソボソ歌う人は、息を吐かないから苦しくなります。なぜなら息を吐かなきゃ、新しい空気を吸えませんので
水泳も同じですが、水中で息を止めてたら、息継ぎのときに吸えません
「息を吸う → 水中で少しずつ息を吐く → 顔を上げて吸う」のサイクルなら苦しくありません
歌の場合、肺の空気を全部出し切る必要はないですが、フレーズごとにある程度の息を吐いたほうが楽になります
ちゃんと息を吐けば、肺の中が陰圧になるので、無理に吸おうとしなくても自然に空気が入ってきます (吐きすぎも良くないので、あくまで適量の息を吐くこと)

息を吸うときも、無理にたくさん吸ってはダメです
肺の空気を100%換気するわけじゃないので、吐いたぶんを入れれば十分です
ヨガや太極拳みたいにゆっくり吸う時間はありませんので、吸気時に横隔膜やら背中を大げさに意識する必要はありません

長くなりましたが結論を言うと、
歌に腹式呼吸は必要だが、ヨガみたいに大げさに腹を動かす必要はない
意識すべきは「吸う」よりも「吐く」

たくさん吐けば良いという訳ではない。一定の量の息を安定して吐く

呼吸の記事を追加しました
腹横筋について→筋トレはボイトレに効果あるか?
口呼吸について→鼻から吸うか・口から吸うか

鼻腔共鳴の本当のところ。軟口蓋は意識する必要なし

注意:鼻腔共鳴という言葉を知らない人は、あえてこの記事を読む必要はありません。 鼻腔共鳴は歌にほとんど関係ないからです。
鼻腔共鳴について悩んでいる方は読んでください。

今回のまとめ
・鼻腔共鳴は少しだけ起きれば良い
・過度の鼻腔共鳴は逆に音を減衰させる(アンチフォルマント)
・軟口蓋が上がると鼻腔共鳴が抑えられて響きが大きくなる。下がれば鼻腔共鳴が起きて音が減衰する(←逆だと勘違いしてる人が多い)
・普通に発音して歌ってれば軟口蓋は自然に上がるので、軟口蓋を動かすような無駄な力はいらない
・共鳴で音質が変わっても、音程が高くなることはない


ボイトレを勉強していると、鼻腔共鳴という言葉をよく耳にすると思います
「高い声を出すには鼻腔共鳴が必要」
「鼻腔共鳴させると明るい声になる」とか言われます

結論から言うと、通常は高い声を出しても鼻腔共鳴はほとんど起きません
実際には「口腔に響いた高音が、骨を伝わって鼻に振動を感じる」のです
ほとんどの人が、この「口腔に響いた高音」を「鼻腔共鳴」と勘違いしてます
これは鼻腔共鳴ではありません

本当の鼻腔共鳴は「喉と鼻の通路を開く」ことです
喉と鼻の通路が過剰に開くと悪い声になります。これは「やってはいけないこと」です


それと、音程(ピッチ)は共鳴では決まりません。声帯振動で決まります
鼻に響かせたり喉に響かせたりで音質は変わりますが、音程を上げるなら声帯振動を変える必要があります(かなり厳密に言うと、共鳴腔の形が声帯振動に少し影響する)

鼻腔共鳴が起きてるか?を簡単に証明する方法があります。鼻をつまんでラララ~と歌ってみましょう
少し歌いにくくなると思いますが、ほぼいつもと変わらぬ声が出せると思います
鼻をつまむと鼻腔共鳴ゼロの状態です

鼻をつまんだ状態で「ほとんど声が出せない」としたら、「過度に鼻腔共鳴」するクセがついてます。これは「開鼻音」という悪い状態で、詳しい説明は後で書きます
「ちょっと歌いにくいけど、ほぼ普段の声を出せる」なら、適度な鼻腔共鳴です
「鼻をつまんでも普段と全く変わらない」という人は、全く鼻腔共鳴させてない可能性があり、これはこれで問題です
※鼻をつまんで歌うと鼓膜に負担がかかる場合があるので注意しましょう

本当の鼻腔共鳴(喉と鼻の通路を開くこと)は少しだけ起きれば良いのであって、過剰に鼻に共鳴させたり、全く共鳴させないのは問題ということです
例えば、鼻づまりの状態になると完全に鼻腔共鳴が無くなるので良くないです
過剰な鼻腔共鳴が悪い理由を以下に書きます

人間の口の奥には軟口蓋という蓋があって、口と鼻の通路を開いたり閉じたりします
呼吸時はブランと下がって開いてますが、食物を飲み込む時は、鼻に逆流するのを防ぐために閉じます
(ちなみに気管への食物の進入を防ぐのは喉頭蓋)

つまり、軟口蓋が下がる=鼻への通路が開いている
軟口蓋が上がる=鼻への通路が閉じる。
ということです
これを逆だと勘違いしてる人が多いです

ウチにある本から写真を拝借しました (解剖生理をおもしろく学ぶ  サイオ出版)

軟口蓋にはもう一つ役割があって、発音に関係します
人間は言葉をしゃべるとき、自然と軟口蓋が上がって、鼻との通路を塞ぎます
塞がないと、上手く発音できないからです
ただし「なにぬねの・まみむめも・ん」の発音時は、軟口蓋が下がって鼻腔に声が響きます。
なので鼻をつまむと「ん」は発音できませんし、「なにぬねの」も言いにくいです
全く鼻腔共鳴がないと、一部の言葉を上手く発音できません。なので鼻詰まり状態は良くないのです
(ちなみにイヌやネコには軟口蓋が無いらしいです。だから喋れないらしい?)

病的な理由で軟口蓋が動かない、あるいは穴が開いてる状態になると、声が鼻に漏れてマトモに発音できません。常に鼻腔共鳴してる状態です
これを「鼻音化」あるいは「開鼻音」と言います
過剰に鼻腔共鳴させてしまうと、特定の周波数が鼻の空間に吸収されて、口から出る音が弱くなります(アンチフォルマント)
つまり、過剰な鼻腔共鳴は変な発音になり、共鳴するどころか逆に音が吸収されるのです

以下の動画は「母音の鼻音化」の実験動画です
「あ~~」という発音は鼻腔に響かせない発音なのに、わざと鼻に響かせる実験をやってます

ボイトレで「軟口蓋を上げろ」とか「のどチンコを上げろ」とか言われることが多々あります。YOUTUBEでもそんな動画がたくさんあります。
しかし軟口蓋は発音時に自然と上がる構造になってます。そして軟口蓋が上がると鼻への通路は閉ざされます
本当に鼻に響かせるなら軟口蓋を下げる必要があります
で、軟口蓋を下げて鼻腔共鳴させると声が弱くなります

軟口蓋や「のどチンコ」を無理に上げようとすると、自然な歌いまわしが出来なくなります
これは実例であったのですが、某ボイトレで「軟口蓋を上げた状態を維持しろ」と言われ、それを頑固に守ってる人がいました
必死に口を大きくカパーッと開けた状態で歌うので、歌詞に全く表情をつけられない人でした・・・オペラとか合唱やるならコレで良いんでしょうけどね
(大きく口を開けたところで、軟口蓋とは何の関係もない)

ハミングの練習はどうなのか?
ハミングは、口を塞いで鼻から息を出しながら歌う練習です
まさに鼻腔共鳴そのものの練習ですが、先に説明したとおり、過剰な鼻腔共鳴は必要ありません
鼻づまりのように、全く鼻腔共鳴しない人を改善させるには良いかもしれません(鼻から息が吸えないような状況なら耳鼻科へGo)
ハミングの有効な使い方は、共鳴のポイントを探る練習です
ハミングしながら喉仏を上下にコントロールすることで、振動するポイントが上から下(口腔から喉)と変化するのを感じるツールとして良いと思います

私はボイトレスクールでハミングで鼻に響かせる練習をやりましたが、結果ハイラリ&鼻声でキンキンした変な発声になりました
その後、自分で勉強して、喉仏を下げる練習をして、鼻をつまんで歌う練習をして過度な鼻腔共鳴を改善させたら、劇的に声質が良くなりました

ボイトレに行くと必ずハミングやる所が多いですが、どういう目的で使うのか?をよく考えたほうが良いと思います

声帯閉鎖のコントロール(概要)

声帯閉鎖の解説図です
大きく画像表示する場合は→こちら

真ん中の「白い部分」が声帯です
左から右にいくほど声帯が開いて、息が漏れやすくなります
絵は分かりやすくするため簡潔にしてます。記事の下に載せてる動画がリアルな声帯の動きです

←左から解説していきます
・1番左は「息を止めている状態」です。声帯は完全に閉じています
重い物を持ち上げるときや、ウンコをするために腹圧を上げている時の状態です
声帯がギュッとくっついて、肺の中の空気を漏れないようにします

・左から2番目は、ボーカルフライ(呪怨ボイス)を出すときの状態です
閉鎖した声帯から空気がプツプツとわずかに漏れている状態です
ボーカルフライについては今後また解説していきます

・3番目は地声で、普通の会話の状態です
肺から空気が出て声帯の間を通り、声帯が大きく振動します
ボリュームの大きい声を出せます

・4番目は裏声です。声帯が伸ばされて、声帯の表面だけが振動しています
ボリュームは落ちますが、振動スピードが増えるので高い声が出しやすくなります

・5番目はファルセットです。声帯の閉鎖がかなり弱くなって空気がかなり漏れます
図書館でヒソヒソと話すときの状態です
優しく静かに歌いたいときに使います

・1番右は呼吸をする時です。声帯はまったく振動しません

声帯の閉鎖が強くなれば、息は肺から出にくくなります
声帯の閉鎖が弱くなれば、息は肺から出やすくなります

歌で使うのは主に地声~裏声~ファルセットまでです
ボーカルフライはめったに使いません
地声と裏声の間に、ミックスボイス・ヘッドボイス・シャウトがあります

声帯は「閉じる・開く」の他に、「縮む・伸びる」の動きもあります
高い声を出すとき、声帯は筋肉によって引っ張られて伸ばされます
伸ばされた時に、声帯の閉鎖が強い「地声」のままだと、スムーズに高い声に移行することができません

詳しくはこちらの「なぜ高い声が出るのか?良いハイトーンと悪いハイトーン」を読んでください

高い声に移行するときは、少しずつ声帯の閉鎖を弱める必要があります
しかし、ファルセット状態まで弱めてしまうと声がスカスカになりますので、地声と裏声の間で練習します
地声から裏声はスイッチのようにON/OFFで切り替わるわけではなく、その中間の段階がたくさん存在します。コレがミックボイスと呼ばれます
地声に近いミックスもあれば、裏声に近いミックスもあるわけです

声帯は指先くらいの大きさしかありませんので、コントロールはミリ単位で超緻密です
例えて言うなら、指でアリンコを潰さないように、つまむ感じです

なので、ボイトレは喉の筋肉や声帯のパワーを鍛えるのではなく、コントロールの方法を身につけるという事です(時には筋力を使う場面もありますが)
具体的な練習方法は→こちら

声帯の動画:↓2:45くらいから本物の声帯の動きが見られます
裏声だと声帯は少ししか振動せず、地声は大きく振動してるのが分かると思います

発声の仕組みについて

ボイトレをやる前に、人間の発声メカニズムを理解しましょう

人間の声が出る仕組みは、肺から空気が出て声帯を振動させて音が出ています
実は、声帯は「ブー」というブザーのような音しか出せません
ただの「ブー」という音が、喉・舌・唇の動きによって共鳴がおき「あいうえお・かきくけこ」などの言葉に変化します
以下のYoutube動画をご覧ください

もっと専門的に勉強したい方はこちら↓

http://splab.net/Vocal_Tract_Model/index-j.htm

上智大学 理工学部 情報理工学科 荒井研究室 研究分野:音声コミュニケーション


覚えておくべきことは

  • 音の高低は声帯の「ブー」という振動で決まる
  • 共鳴や言葉は声帯から上の構造で作られる

例えば「高い声を出したい」ときに、よく「頭に響かせるように」とか言われるのですが、共鳴で変わるのは音質であって音程ではありません
(音質と音程の違い:ステレオで音楽を聴いていて、低音を強調したり高音を強調したりして「音質」を調整しても、曲のキー(音程)は変わりません。「音程」とは低音高音のバランスやボリュームではなく、どれぐらいのスピードで振動してるかです)

音程を高くしたいなら、共鳴よりも声帯をどう使うか?を意識しなければいけません
ただし、どういう教え方がその人に合うかは分からないので、「頭に響かせよう」というイメージで上手くいく場合もあります
でも実際に頭に響いて声が高くなるわけではなく、現実は声帯振動が音の高さを決めています

ボイトレではこういう「感覚的なイメージ」と「現実に起きていること」が一致しないことがあります

「鼻に響かせると高音が出る」というイメージも、現実に起きているわけではありません
なぜなら「発語するとき喉と鼻の通路は、基本的に閉じているからです
詳しくはこちらの記事を呼んでください→鼻腔共鳴の本当のところ